岡山の舞踊・演劇の感想

岡山のダンス(主にコンテンポラリーダンス)や演劇の感想を書きます。

燐光群『藤原さんのドライブ』レビュー

差別を知ること

 岡山県出身の劇作家・坂手洋二率いる燐光群の新作『藤原さんのドライブ』が、2022年11月29日に岡山私立市民文化ホールで行われた。ハンセン病の療養所である長島愛正園を舞台にした作品である。
 物語は現代で新型コロナウイルスと思わしき謎の感染症にかかってしまった男とNHKの朝トラ「ちむどんどん」にも出演していた円城寺あやが演じるホシが隔離施設として再び役割を持った長嶋に送られるところから始まる。
 そこで、ハンセン病が完治しても島に残ったヤマモトさんやタマさんといった人たち。そして、入所者の帰省の際にドライバーとして活躍したフジワラさんが登場する。元ハンセン病患者と謎の感染症にかかってしまった人たちとの交流を描いた現代と過去がリンクした作品である。さらに、長島には隔離者が出られないようにバリアが貼られているという設定もあり、どこかSF的な雰囲気も漂う。
 物語で描かれるのはハンセン病の差別や人権侵害といった問題だけではなく、まるでマインドマップのように現代社会の抱える問題が次々と浮き出てくる。作中、Jアラートが鳴り響き、北朝鮮のミサイルが近くに被弾しますというアナウンスが鳴り響いたり、実際に使用されている安楽死できるガスマスクが出てくる。日本にはこれだけ多くの問題が隠され残されているのだということを改めて思い知らされた。実に坂手洋二らしい戯曲である
 さまざまな問題が定義されていく中で、その根本にあるのは、命とは、人権とは何かということだろう。
 途中、藤原さんの過去の回想シーンがはじまり藤原さんがドライブ車で入所者の公共をめぐるというシーンが出てくる。そこでは様々な心情を持った入所者の複雑な心境が語られる。
 例えば、現代でも島に乗って暮らすヤマモトさんの回想シーンでは、ヤマモトさんは故郷に戻っても実家には帰らず、ただ周囲を回るだけだ。世間の目を気にして実家にすら戻れないのだ。ヤマモト役の川中健次郎の諦めに似た、寂しそうな演技が観客の心を掴んだ。 
 山本さんと同じく島に暮らすタマさんのシーンでは、ひさしぶりに実家に戻っていると自分を追い出した人たちは全員亡くなっていたことがわかる。タマを演じる中山マリの「ざまあみろ」と言いながらもやはりどこか寂しそうな演技が心に残る。
 さらに物語が進むにつれて 2016年に神奈川県で起きた相模原障害者施設殺傷事件をモチーフにした話まででてくる。元障害者施設職員が入所者を殺傷したというしたという衝撃的な事件だ。その障害者施設の元所長という(設定の)人物が出てくる。
 ここから見えてくるのは坂手洋二もパンフレットで述べていることだが、ハンセン病と言う差別も現代では克服したように見えても、実は姿を変えて別の人たちを差別しているということだ。差別とはその対象を変えて現代にまで残っているということなのだ。

 長島に閉じ込められた人たちの何人かは脱出することを決意するのだが、それは、ひょんなことから島の外に出た時に世間周辺の街に人がいなくなっているということを知ったからだ。おそらく、北朝鮮のミサイルが着弾したので避難したのだろう。むろん明確に語られることはないが。ただ島全体にバリアが張られていたとしたら爆発も見えなかったとすれば辻褄はあうだろう。
 話が反れたが、それが伝えているのは、世間の目が消失することによって島から脱出できたように、世間がかわることでしか、差別を乗り越えていくことはできないということだろう。所詮は綺麗ごとなのかもしれない。しかし、それでもやらなければならないのだろう。
 そのためには知ることが大事なのだ。ハンセン病とはどのような病気なのか(実際、私はこの演劇をみるまでハンセン病とはどのような病気なのかよくわからなかった)や差別さえている人の気持ち。なにかひとつでもいいからそれを知っていくことが私たちの行動が変わり、差別の解消に繋がるのだ。この演劇を見ることでそれらを知ることができるようになっている。その点ではすぐれた戯曲であると言える。