岡山の舞踊・演劇の感想

岡山のダンス(主にコンテンポラリーダンス)や演劇の感想を書きます。

「そして、六度目の始まり」劇団ひびき レビュー 

共に食事をすることの大切さ

 天神山文化プラザで公演された劇団ひびき60周年記念公演である。劇団ひびきは岡山でもっとも歴史のある劇団である。11月26日から27日に天神山文化プラザで上演された。今作は公演日によってエンディングが変わるマルチエンドを採用している。私は26日のみ鑑賞した。そのため、26日の公演の感想となっていることを承知願いたい。

 あらすじは60年記念公演を終え稽古場で打ち上げを行う劇団員。その劇団に残されていたノートには不思議な話があった。劇団の結成当初ルリという謎の女性がやってきて「60年後にまたくる」と言い残して去っていったという話だ。そして、60年後の今日稽古場に本当にルリという女性がくるのだ。実はルリはアンドロイドであり彼らは、人類滅亡を阻止するか、人類滅亡を阻止する有益な方法をルリに教えるというものだった。劇団員たちはルリの問いを考えていくという物語だ。

 この作品では、みんなで食べるシーンがよく登場する。お好み焼きにカレーライス、お茶を飲むなど。しかも、実際に舞台上でお好み焼きを焼いて、カレーを装い、役者が食べるのだ。劇場にお好み焼きやカレーのにおいが劇場に充満した。 食べる振りをするだけでもよかったはずなのに、手間をかけてまでリアリティを追求するのはなぜか。

 食はこの作品で重要な要素だ。何度も食事シーンを見せることによって、登場人物たちの絆が深まっていくのだ。劇団員とルリ。彼らは食事するたびに絆が深まっていく。機械的で真面目なルリのかわいらしい一面などが見える。ここはルリ役・渡結衣の機械的で抑揚のない演技から人間らしい演技のギャップを上手く演じていた。

 私はこのシーンを見ていて山極壽一の言葉を思い出した。山極寿一は触覚や嗅覚、味覚という「共有できないはずの感覚」が、信頼関係をつくる上でもっとも大事なものと述べている。以下、山極の言葉の抜粋だ。

 

チームワークを強める、つまり共感を向ける相手をつくるには、視覚や聴覚ではなく、嗅覚や味覚、触覚をつかって信頼をかたちづくる必要があります。

 

合宿をして一緒に食事をして、一緒にお風呂に入って、身体感覚を共有することはチームワークを非常に高めてくれますよね?

 

 視覚のような共有できる感覚ではなくて、味覚という身体感覚を共有することで仲間意識が芽生えるのだ。この作品が描きたかったものはそれだ。劇団員たちとルリが仲が深まる様子を上手く表現していると言っていい。コロナ禍で分断され、直接的な関わりが薄くなっている現代社会にこそ響くところがある。

 ところが、皮肉にもたべることが悪い部分にもなっている。というのも人類滅亡の回避する手段として考え出したのは、食によって皆、仲良くなっていった。同じように世界規模で食と平和のためのオリンピックのようなものを開催することだ。確かに、団員たちとルリはご飯を共に食べることで絆を深めていった。(といっても作中では2日間しか経っていないのだが)しかし、それは5人という少人数だからこそだ。山極壽一も言っているが、一人の人間が繋がれるのは150人が限界だ。全世界の人に通用する訳では無いのだ。少し疑問を感じてしまった。

 ストーリーはやや疑問に残ったが、彼らが表現しようとしたことは評価できる。コロナ禍という分断された時代に共に食べることの大切さ。そして、実際に舞台上で調理することによって劇場内に食べもののにおいが充満し、観客もそれを感じる。つまり、劇場にいた全員が同じ身体感覚を共有していたのだ。その時、劇場は不思議な一体感に包まれていた。その時、ホールの中では確かに平和の匂いを漂わせていた。

 

引用文献(参照2022年12月5日)

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